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土讃サッカー戦記

土讃とは土佐(土)と讃岐(讃)の二地域を表す言葉。 高知県民ながら2003年~2010年まで香川県在住経験のある赤城康彦なる者が、サッカー観戦(主にカマタマーレ讃岐と高知ユナイテッド)や創作活動などについて綴る趣味系ブログです。 (このブログは予告なく書き直されることがあります。ご了承ください ^^; )

   

雑話

上のツイートで紹介されている記事を読んで、ふと感じるものがあったので、ここで雑話として記してみる。

ある意味、自分はサッカーファンとしては幸運な方だろう。
この日本の国にJリーグができて、サッカー熱が起こり。
全国各地にJクラブができる時代が来た。
いまやJクラブのない地域の方が少ないくらいだ。

しかし、少数派となったJクラブなし県から、彼方の「J」の舞台を目指しながら、上がるに上がれず苦戦を強いられている現実もある。

自分がサッカーをよく観るようになったのは、かつて暮らしていた香川県のカマタマーレ讃岐がJ2に昇格をしたことで気になって、ということは何度も書いた。
カマタマーレ讃岐にはベースとなるクラブがあり、体制や名前の変更を何度か経て、今に至っている。

香川県時代、職場のテレビで、カマタマーレ讃岐の前身であるサンライフFCのニュースをちらりと見た記憶がある。
といっても、当時は何も知らず。
確か、体制を新たにし、選手は社員として午前中に働き午後に練習をするという内容だったと思う。

だがそのニュースについて誰かと語り合うことはなく、あっさりと聞き流して、サンライフFCのこともすっかり忘れて。
2010年の春に、家の仕事を手伝うために高知に帰ることになった。
新聞もとっていなかったし、地元のニュースも見れるときにテレビで見るくらいものだった。
だからカマタマーレ讃岐のことを知ることもなかった。

余談ながら、岡山県のニュースもやっているのを見たときは、とても不思議に思ったものだった。

そして2013年も暮れのころ、讃岐がJ2に昇格したことを知り。そこから関心を持つようになった。

子供のころから、野球よりもサッカーが好きではあった(野球を否定するにあらず)。
しかし本格的にやるまでにはいたらず。大人になってから、代表の試合をテレビで、近くで試合があるときに観に行く程度の、ライトもライト、超ライトファンどまりだった。

それが、香川に縁があったということで、旗揚げから昇格の悲願達成までの、もどかしくも夢に向かってがむしゃらに這い上がる時期を経験することなく、サッカーサポーターになれてしまった。
後になって地域リーグやJFLのことを知り、とてももったいない気持ちを抱いたが。
何のかんのでJリーグは面白かった。

それにともない、結局自分もブランドでものを見ていたことを改めて痛感した。
もしJ2に上がらなければ、無関心のままだったろうから。

ひるがえって、ふるさと高知。
正直に言えば、自分は冷めきっていた。高知からJリーグなんて、無理! と。
何もかもが下から数えた方が早いような底辺の県。
いや香川県も…、と言う人もあろうが、高知県は輪をかけてさらにひどい惨状だと認識していた。

讃岐が昇格した2014年、高知からJリーグを! とアイゴッソ高知が立ち上がったが。
ぶっちゃけ、無理無理無理(ヾノ・∀・`)ムリムリ と冷めていた。
今思えば、とんでもねー郷土愛のなさだと思うのだが。それが正直な感想だった。

その年、地決に行ったのはもうひとつの高知のクラブ、高知Uトラスターだったが。1次予選で3戦全敗という厳しい成績だった。

しかし2014年の暮れに高知、いや四国はおろか日本を驚かせるニュースが起こった。
元代表監督の岡田武史氏、FC今治のオーナーに就任! というニュースだった。
愛媛県には愛媛FCがすでにある。そんな愛媛県からもうひとつJクラブを出そうと言うのである。

変な話、四国民としては、高知県に来れば丸く収まる話であるように思えたが。岡田氏は今治を選んだ。
結果として、高知は絶対に負ける無理ゲーを2年やることになった。
それは、Jなし県からの脱出を、あろうことかよりにもよって岡田氏に邪魔されているような状況であった。だから、正直に言えば、やっぱり複雑だったし。
ここら辺に、高知の高知たるゆえんがあるような気もしないでなかった。

だが、そこでようやく、高知のサッカーに目が行くようになったのも事実だった。
繰り返すが、我ながらとんでもない郷土愛のなさである。
いろいろあって、郷土愛をもつようなゆとりもなかった。変な話、香川県への想いの方が強かったくらいで。
帰ってからしばらくは「香川に帰りたい」とつぶやくような、逆ホームシック状態だった。

とはいえ、そこから昇格へ向けての、もどかしくも夢に向かってがむしゃらに這い上がろうとする戦いに関わることになったのも、また事実だった。

なんかこう、神様や仏様が、「なに? 昇格への艱難辛苦を知らずにJサポになってしまっただと? よしよし、ならばふるさとでその艱難辛苦を味わわせてあげよう」と言っているような気もするのであった。

アイゴッソ高知か高知Uトラスターか、どこを応援すべきなのか。これに関しては最後まで決めかねていたので、ユナイテッドになってくれて、自分としてはおおいに助かった。
そしてこのユナイトが、岡田氏の存在があったからだと思うと、結果として岡田氏が今治に来たのはよかったことなのかもしれないと思っている。

そして高知のサッカーに目がゆくということは、地域リーグに目がゆくという事でもあった。
その地域リーグもトップクラスとなればJ2J3と遜色ないレベルで、度肝を抜かれたものだった。
力量差が大きいゆえの点差にも、驚かされた……。

なによりも、高知も地決が開催されたりと、社会人クラスならそれなりの試合が催されており。
不毛の地と呼ばれていたことに関して、疑問をもつとともに。
Jなし県イコールサッカー不毛の地ではない。ということを、教えてもらった。

2015年の地決決勝。2016年の西日本社会人選手権に、全社。幸いこれらの試合が四国で開催されて、観戦する機会にも恵まれて。
昇格に向けての戦いを、一端でも目にすることができて、言葉もないくらいに胸に迫るものを覚えたものだった。

下から数えた方が早いような、底辺県の高知県が、この戦いに加わろうと言うのである。
だが、観戦回数を重ねるうちに、かつて抱いていた「無理無理無理(ヾノ・∀・`)ムリムリ」という冷めた感情はなかった。

もどかしい思いをさせられるだろうけど、将来、カマタマーレ讃岐とJ土讃対決をする日を夢見ようと思うようになった。

もっとも、讃岐とは、年初めの練習試合で勝っており(!)
どっちを応援しようか迷いながら、結局最後までぽかーん( ゚д゚)とさせられてしまったが。
そんな、ぽかーん( ゚д゚) な思いをさせてほしいという、マゾな夢を抱くようになってしまった。

ということは、Jリーグへゆくという目標が夢物語でなく現実味を帯びているということを見せてもらったということでもある。

でも実際のところ、現実は厳しいかもしれない。
自分は戦術音痴なので詳しい話はわからないが、本州や九州の他の強豪クラブとどれくらい渡り合えるのか。その時になってみないとわからないのがまたもどかしい。
でもそれは讃岐の先輩サポーターの方々がが味わったことであった。

そして、いつの間にかサッカーが好きになっている自分に、今でも驚かされている。
四国は、高知はサッカー不毛の地と言われていたが。今は、とても楽しめるようになって。はまっている自分がいて。
隣県対決の盛り上がりなどは、毎度のことながら圧倒、そしてわくわくさせられて、慣れることはない。
そこでふとふと思うのだが、ふるさと高知でよく聞く「維新」とは、こういうことではないのかと。
「維新」は「これあらた」と読み下す。

高知ユナイテッドにカマタマーレ讃岐、徳島ヴォルティスと愛媛FC、そしてFC今治。
それらのクラブが存在して、それぞれの戦いがある。その戦いは、維新の戦いとも言えるのではないかと。

ともあれ、タイムマシンで香川県時代の自分に会って、「香川からJクラブが出て。そこから、お前、サッカーにどはまりするぞ」と言ったとき、当時の自分は未来の自分に対してどんな顔をするんだろうか。

(とりとめもないですが、この項以上)

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